年々減少する熱帯雨林の森林資源を守るため、高級木材の再生材を活用したユニークな家具やインテリア製品を手掛け、欧米とアジアで高い評価を得てきたJunno Designは、2016年12月、新たな世界展開の舞台として福岡に本社を移転した。言葉や文化の壁で直面するトラブルも楽しみながら、日本での開業から一年もたたないうちに海外市場で認められる新たなmade in Japan製品を開発したJunno Designは、これから何を目指すのか。
同社社長のアントン・ノフクさんに話を聞いた。
Junno Design代表 アントン・ノフク × J-Tech Transfer and Trading代表 小島尚貴
アントン・ノフク
南アフリカ出身。大学卒業後、南アフリカ海軍を経てフランス留学。南アフリカ航空に入社し、南アフリカ、台湾、香港、シンガポールで勤務。シンガポールで産業デザイナーのジュン・チーと出会い、マレーシア・イポーでJunno Designを創業。2016年12月に福岡に移住し、Junno Design合同会社を設立。
小島尚貴
福岡出身。西南学院大学在学中に海外勤務試験に合格し、中退してマレーシアの木材貿易会社に入社。帰国後は経済誌出版社で記者・営業企画として働き、2002年に独立。多言語を駆使して九州や地方都市の技術、製品、食品をアジア、ヨーロッパ、アフリカ、中東などに輸出する貿易事業を展開している。
■モノ作りのために福岡を選んで来日
小島 日本には有名な都市も多い中、新たな挑戦の舞台として福岡を選んでくれて、ありがとうございます。
アントン まだ慣れないことや難しいこともありますが、「福岡を選んでよかった」という気持ちは日に日に強まっています。
小島 日本で開業する外国人はIT、語学教育、レストラン、中古品の貿易等の仕事を選ぶ人が多いのに、製造業の分野で挑戦したのがすごいです。
アントン 日本といえば、海外でのイメージは高い技術と品質です。来日して日本人を観察していると、日本文化が技術と品質を支えていることがよく分かります。福岡市が実は商業都市で、製造業の比率が少ないことは、来日して知りました(笑)。
小島 福岡には製造業の原料調達、原価計算、在庫管理、品質管理などを知っている人が少なく、さらに、それらを外国語でこなせる日本人はもっと少ないです。初めての日本で起業するだけでも大変なのに、商品を企画し、工場や倉庫を開設し、サプライヤーを見つけ、営業や販売、経理、税務もこなすとなると、我々日本人には見えない苦労も多いことでしょう。
アントン 確かに苦労もありますが、それ以上に楽しみや喜びのほうが大きいです。ジュンと一緒に「日本で成功する」と決意したからには、全ての経験や出会いに感謝しながら「一期一会」の精神で楽しむだけです。
■天神の百貨店で見つけたスポンジに感動
小島 ところで、私も塗装関係の製品を販売しているため、特に「これはすごい!」と思ったJunno Designの製品があります。銀イオン加工スポンジ付きの特製アプリケータです。
アントン ありがとうございます。わが社の自信作です。
小島 日本の有名メーカーに直談判を持ち掛け、半年かけて交渉や試作を繰り返し、やっと完成したと聞いています。そもそも、どうしてアプリケータにこだわったんですか?
アントン マレーシアでカッティングボードとワックスを展開していた頃、現地で使用していたスポンジの性能が悪かったんです。ある時、端材が大量に生まれ、「再生材だけじゃなく、端材も捨てずに活用できないだろうか」と考えながら、端材一つ一つにスポンジでwood
foodを塗ったことがありました。
小島 端材も大量に出たら、少しでも有効活用できたらいいですからね。
アントン 手は汚れ、端材の角にスポンジが引っかかり、ワックスも均等に塗れずイライラしていたら、ふと、「スポンジ自体に木の取っ手を付ければ、塗りやすくなるかもしれないぞ」と思いつき、端材を使って一つ作ってみたら、悪くなかった。
小島 端材のメンテナンスをしていたら、端材も同時に製品化できるアイデアを思い付いたわけですね。
アントン 結果的にはそうなりましたが、実は製作はそう簡単でもなくて、スポンジの品質が悪ければ、取っ手を付けて塗りやすくなったとしても、やはり仕上がりには納得できなかった。
小島 高級ハードウッドの再生材に、安全な原料で作ったワックスを塗りこんで手入れをするわけだから、スポンジの品質が悪ければ、二つの製品を生かしきれません。
アントン その通り。だから、来日して三越に行き、家庭用品のお店を回ってスポンジをいくつか買い、試してみました。
小島 天神の百貨店でスポンジを買い集める外国人。夕方のローカルニュースで取り上げられそうです。
アントン 店員も、「この外国人は、よっぽどスポンジが好きなんだろう」と感じたかもしれません。言葉もよく通じない中、熱心に説明してくれた店員の話を聞いて思ったのは、日本人はスポンジ一つでも、外国人の想像を超える緻密な好みや、微細な違いを重視しているということ。後からこの概念を「こだわり」と言うのだと知りました。
小島 そこで、銀イオン(Argentum=Ag+)加工の抗菌スポンジに出会った。
アントン 抗菌性の高さに加え、その反発性能や塗布面の均一性、滑らかさに感銘を受けました。後で会社を調べたら、この分野だけで100年以上も歴史があるメーカーでした。つまり、100年以上、「モノを磨き、守り、輝かせる」という仕事だけを連綿と続けてきた会社の製品でした。
■来日半年で、業界を代表する老舗と新商品を共同開発
小島 普通なら、感動して満足するか、ファンになるかで終わるのに、アントンさんはそこからが違います。
アントン スポンジの裏のシールに書いてあったホームページからメールを送ったら、最初は警戒しているようなメールが返ってきました。私たちの突飛な提案に、趣旨が呑み込めなかったのかもしれません。でも、半分以上の日本企業は、英語のメールが来ただけで読むことさえしないので、返事が来ただけでも大きな前進だと感じました。
小島 Google翻訳で日本語のメールを送っても、多くの企業は怪しんで返信しませんからね。それにしても、素晴らしい行動力です。
アントン とにかく、私はJunno Designの海外販売実績、なぜ木を守りたいか、どうして新しいアプリケータが必要なのかを、情熱を込めて語りました。そうしたら、「分かりました。ぜひ、御社とともに新商品を企画しましょう」という返事が来ました。
小島 業界を代表する老舗から共同商品企画を承諾してもらうなんて、日本企業でも難しいことを来日半年でやってのけるとは。
アントン ビジョンと情熱が伝わった結果だと感謝しています。木をメンテナンスするためのワックス専用のアプリケータを開発したのは、Junno Designが世界初です。木を知り、欧米やアジアでカッティングボード、家具を売ってきた私たちが納得した品質でしたから、Junno
Designの銀イオン抗菌アプリケータは、amazonでとてもよく売れ、今も特に欧米で売れています。
小島 来日半年で日本の業界トップ企業と新商品を開発したかと思えば、次はamazonで欧米への販売が成功。Junno Designのような国際経験豊かな会社が福岡に来てくれたおかげで、福岡は「世界初、世界トップ品質」と言える製品を一つ持てたわけですから、これは画期的な出来事です。
■世界最大のカッティングボードメーカーから注文が
アントン 木製家具やカッティングボードに関しては、DIYが好きな人が多いアメリカは世界最大の市場で、目が肥えた消費者が無数にいます。そんな市場で、私たちが福岡で開発した製品が認められ、本当に嬉しかった。
小島 福岡、九州には、何年挑戦しても近隣の国への輸出にさえ成功していない企業も少なくないのに、言葉や文化の壁もある中で世界的に受け入れられる製品を生み出せたのは、アントンさんの豊富な国際マーケティング経験と、ジュンさんの類希なデザイン能力の賜物ですね。
アントン それから数ヶ月たった頃、アメリカのある会社から、「アプリケータを6つほしい」と、淡々とした注文が来ました。最初は「競合からの探りか?」と思ったのですが、お客様からのご注文なので、通常通り、発送しました。
小島 私も世界各国に中小企業の製品を輸出してきたので、似たような経験があります。
アントン 荷物が届いて数日後、この会社からアプリケータを絶賛するメールが届き、矢継ぎ早に質問が来ました。その質問のどれもが、木材、木目、家具のメンテナンス、住空間デザインのプロでなければ聞いてこない内容で、メールを受け取った私たちの方が驚いてしまいました。
小島 時々、メーカーよりも製品や作業に詳しいお客様もいます。
アントン なんと、その会社は、世界最大のカッティングボードメーカーで、全米で誰もが知るインテリアグッズ専門の会社だったんです。数日間やり取りをして、彼らの要求は、「あなたのアプリケータは品質が非常に高く、わが社のカッティングボードの魅力も同時に高めてくれる優れた製品だから、ぜひ、わが社向けにOEMで生産してほしい」というものでした。
小島 日本企業が海外に売り込みに行くケースはよく見聞きしても、日本でスタートして間もない企業に、世界最大のメーカーが直々に取引を持ち掛けてくるなんて、そんな偉業を成し遂げた会社は、福岡にはあまりありません。
アントン でも、注文数量が多すぎたので、なんとか頼み込んで、少量から取引をスタートすることにしました。それでも、初出荷分を製造し終えた時は、事務所が迷路になったかと思うほど、製品で溢れました。
小島 百貨店で見つけた一つのスポンジから、まさにドラマのような展開です。
■福岡にはなかったタイプの外国人スタートアップ企業
アントン 日本のスポンジの品質がいかにすごいか、私はこのアメリカ向け輸出でも実感させられました。
小島 確かに技術も品質もすごいですが、それだけの数量の初取引を短期間でまとめ上げたアントンさんの手腕も見事です。輸出では「モノの良さ」の占める割合は1割ほどで、法定資料の整備や国際認証、物流手配、通関手続き、決済、品質管理、在庫管理などの総合的な「売る技術」のほうがむしろ重要ですが、九州にはそれらを一貫してこなせる企業はまだ少なく、これが、「モノはいいのに、海外には全然売れない」という中小企業の海外展開の停滞の大きな理由です。
アントン 私はアフリカ、フランス、台湾、香港、シンガポール、マレーシアで働き、欧米各国に製品を販売してきたので、売る努力や売る技術には多少慣れています。しかし、世界には誇りを持って売れる製品や、買って感動する製品はそう多くありません。日本には優れた製品が無数にあります。全ての製品に日本人の思想と思いやりが表れています。
小島 福岡はついに、アントンさんたちのように貴重な国際業務経験を持った外国人経営者やデザイナーが、「ここに住んで、働いてもいい」と思える町になったのかと思うと、個人的にも感慨深いし、とてもありがたいです。Junno Designのおかげで、福岡の国際化やスタートアップ政策は、次のステージに進めそうです。
アントン 福岡には新しい人を受け入れ、新しい挑戦を歓迎する気風があると感じます。国際業務の経験がある人や外国語ができる日本人はまだ少ないですが、初めてのことを「へぇ、面白そう!」と楽しめる日本人は、福岡には多いと感じます。私たちのような外国人の企業は、福岡の大らかで新しいモノが好きな気風にとても助けられています。
小島 「本当に考えたいことに集中し、組みたい人とじっくりと話し込み、しっかりと仕事を作り上げていく」という点では、福岡は日本で最も働きやすい場所だと思います。田舎なら「実績がないことはやらない」、「まだ聞いたことがないから不安だ」という日本人も多いですが、福岡では「実績がないなら、我々が最初に作ろう」、「聞いたことないけど、面白そうだからやろう」と言う人も多いです。
■日本には「本物の価値が分かるお客様」が多いから、モノ作りが楽しい
アントン 私たちのカッティングボードを買われたお客様にも、「カッティングボード?全然知らない。へぇ~、面白そう!一枚買います!」と買われた女性や、「何に使えるか分からないけど、色々使えそうだし、とりあえずめっちゃかっこいいから、買います!」と買われた方がいます。理由がはっきりしないのに買うなんて、福岡の人は面白いです。西洋的なマーケティング理論を実践してきた私には、日本の消費者の購買動機は新鮮です。
小島 私の友人にも、woodfoodを見て、「ついに木も食品になったのか」と感動しかけた人もいました。また、「木に塗るんですよ。木のごちそうです!」と説明したのに革に塗って、感動のあまり、「ノベルティ用にミニサイズを作ってほしい」と言ってきた人もいます。飲食店のカップル向けのメニューのため、ハート型でカッティングボードを作れないかと聞いてきた人もいれば、「この高級感溢れる木目の背景なら、セットメニューを200円値上げしても文句を言われない」と、商売道具として考える人もいます。
アントン 日本人の発想はとても創造的で、私とジュンには想像さえできなかったオファーやリクエストを受け、驚くこともあります。何より嬉しいのは、日本人が良質な木を見る目を持っており、質感やデザイン、重厚感や品格を価値として評価してくれることです。「死にかけていた木に命を与え、機能的でクリエイティブな製品を作り、人々の生活に豊かな彩りを添え、併せて自然を守りたい」というのがJunno Designの創業理念なので、我々のカッティングボードやワックスのコンセプトに賛同し、楽しそうに商品を買って下さるお客様とお会いすると、この上もなく幸せです。
小島 Junno Designの製品には、触っただけで伝わってくる温かさと優しさがあります。実用的な日用品なのに、所有し、使用するだけで、心が満たされ、自然との対話を楽しんでいる気分にさせてくれるんです。表面的なカッティングボードのブームに乗って、安物に流れる消費者もいますが、Junno
Design製品は、本物を求める客層が待望するメッセージと特性を備えています。
アントン 輸出対応さえできれば、日本の製品は世界で競争力があり、需要も高い。最近は他の日本企業の製品を見て、「どうしてこんなに外国人に分かりにくい製品を作るのだろうか」と、もったいなく感じることもあります。
小島 客に合わせてモノを作るのではなく、モノに合わせて客を探すという古い発想の中小企業も少なくないんです。「とりあえず、こんな製品ができちゃった。さてさて、どこにどう売ろうかな」と考えるだけで、外国人のニーズなんてほとんど知りません。
アントン 今回のアメリカ案件も、見込み客のほうから我々にアプローチしてきてくれたから、設計や試作もスムーズでした。
小島 福岡には、「海外から引き合いがあって、そのままとんとん拍子に話がまとまり、海外に向けて順調に出荷した」という成功体験を持つ企業はまだ少ないので、ぜひ、Junno Designの経験や手法も、福岡の多くの会社に広げてほしいです。
アントン 素晴らしい福岡の方々のために、私たちがお役に立てることがあれば、何でも恩返しのつもりでやりたいです。私たちも日本人から学ぶことが多く、毎日感謝しています。